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ぽりごんのなにか: はやぶさ映画が何本あるのかよくわからん!というお話をいただいたので、宣伝をかねて紹介してみます。...

polygon0323:

はやぶさ映画が何本あるのかよくわからん!というお話をいただいたので、宣伝をかねて紹介してみます。

映画館で上映された「はやぶさ」関連の映画は以下の4本です(公開順)。

  1. HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-
  2. はやぶさ/HAYABUSA
  3. はやぶさ 遥かなる帰還
  4. おかえり、はやぶさ

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よく「3本」と言われますが、その場合は1番目が抜けています。
基本的に、どれも切り口が違っていて面白いです。
劇映画3作は特にフィクション度は高いと思って観ると間違いがないかと。

※個人の感想であり、作品の内容や出来を保証するものではありません。

HAYABUSA…

5ヶ月前 - 3

(出典: macchiro)

初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

 国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

東京新聞:渡辺謙さん、ダボス会議スピーチ全文(TOKYO Web)

(kudousanから)

このツイートを見て感銘を受けた。

でもね、ムスカは頑張ったんだよ。自らの出自に気づき、必死にラピュタ語を勉強して、軍隊で出世してあの若さで大佐になって、頑張ったんだよ。それが、パズー1人に全部パア!

確かにそうだ。

思うに我々には、ムスカさんに対するリスペクトとか思いやりといったものが足りないのではないだろうか。

Webでは、ムスカさんをネタにすることこそあれ、軍人として、マネージャーとしてのムスカさんをきちんと評価しましょう、という動きは残念ながら主流とはいえない。

しかし、ムスカさんが「やられっぷりがいいだけの単なる悪役」ではないことは、ラピュタ本編を見ていれば明らかではないか。彼はただの目が目が星人ではないのだ。彼なりにいろいろな努力をして、いろいろな能力を身に着けて、劇中あのような活躍が出来るに至ったのだ。我々はムスカさんのヤバさをもっと知るべきだと思います。

そこで、本エントリーでは、劇中から看取出来る描写を通して、人間・ムスカさんの再評価を試みたいと思う。Wikipediaの内容なども参考にしている。

○ムスカさんの背景

ムスカさんの背景は、以下のような諸要素で表すことが出来る。

・特務士官たる大佐である。
・若い。(Wikipediaの記載によると28歳から32歳)
・旧約聖書などについての知識、またラピュタ語などについて特殊な知識を持っている。

ラピュタ世界の軍隊の階級形式がどうなっているのかはわからないが、一般的に考えると「30前後で大佐」というのは、恐ろしい出世スピードであると考えていい。(参考:階級)

また、劇中パズーの父親のエピソードなどを聞いていると、ムスカさんの目的である「ラピュタの探索」というのは、一般的には相当荒唐無稽な話であった筈だ。であるというのに、軍の上層部は「ラピュタ探索」という目的について、ムスカさんに多大な権限を与えている。たとえ軍内部にコネがあったのだとしても、ムスカさんの交渉能力・事前調整能力が異様なハイスペックであることは疑いないだろう。

軍の上層部を言いくるめられる程の交渉能力を手に入れるに際して、ムスカさんが物凄い人間関係上の苦労を強いられてきたであろうことは想像に難くない。嫌いな上司に頭を下げたこともあっただろうし、部下との板挟みになったこともあっただろうう。ああ中間管理職。ムスカさん大変です。

ムスカさんの頭髪が年齢にしてはいまひとつ薄い点については、この辺りの「若い頃色々苦労した説」を個人的には推したい。


○軍人としてのムスカさん

いくつかの描写から、われわれはムスカさんが軍人としてもハイスペックであることを知ることが出来る。

・オープニング/対空賊族戦において、部下に時間を稼がせて自身は応援を要請する信号を送っている
・ロボット兵に対し、周囲(特にシータ)に対する被害を食い止めつつ撃破する戦術指揮
・ゴリアテ搭乗後、雲に逃げ込んだタイガーモス号を「雲の中では無駄骨」と泳がせている

戦術的な状況判断、戦況判断が的確であり、またトラブル時も冷静である

・終盤、光量不足の玉座の間で、シータのおさげを一発で撃ちぬいている
・弾倉交換の手際が非常に良い

射撃に関する技量が非常に高い

・ロボット兵暴走時、通信回線を破壊させて指揮権を奪取している
・ラピュタ探索前、ゴリアテの通信機器を破壊して軍本体との連携を切り離している

命令系統の勘所をわきまえており、通信系が重要であることをよく理解している

こうして考えると、「戦術指揮官としてのムスカさん」が非常に優秀であることが読み取れる。危機対処能力、明確なビジョン、状況を支配下に置く手際についてもいうことはなく、また個人としての射撃能力も一級品として差し支えないだろう。

およそ、ムスカさんが戦術的に不覚をとったのは三場面のみ。

シータに不意をつかれて後頭部を瓶で殴られた場面、同じくシータに不意をつかれて飛行石を奪われた場面、最後のバルスの時のみであり、いずれも相手は年端もいかない子供である。そう考えると、彼は「子供相手にだけ詰めが甘くなる」という傾向はあるのかもしれないが、軍人としてのスペックの高さにケチをつけるような要素ではないと考えられるだろう。


○ムスカさんの人格

ムスカさんが、Wikipediaで「冷酷非道な人格」などと称されている理由のほとんどは、彼のラピュタ入り後の行動に帰せられるだろう。これについて考えてみる。

・ラピュタの中枢に行く際、ついてきていた部下二人を置き去り→その後部下二人転落
・モウロ将軍とその部下を海に転落させ、その後ゴリアテとの戦闘で容赦なくゴリアテを掃討(ゴミ呼ばわり)
・ラピュタ内部の木や虫に対する神経質な反応
・シータ相手に油断した末、飛行石を奪われてパズーに渡されてしまう→最後に反撃を許す

この辺り、目的達成を目前にしたムスカさんが、ちょっと浮かれて弾けちゃった、という感は正直なところある。いわゆる最高にハイ状態というヤツである。とはいえ、ラピュタに到着して以降、彼の行動が軍人としてのものではなくなっていることについては、元来「軍を利用してラピュタに到着、王としての座を奪取」ということがムスカさんの目的である以上、それ程不合理なものであるとは言えない。ゴリアテに対する掃討にしても、攻撃を試みたのはゴリアテの方であり、それに対し無抵抗では指揮官としての器を問われる場面だ。

ムスカさんの最大の失点は、やはり「シータに不意を突かれて飛行石を奪われる」の一点に尽きるだろう。これがなければ最終的にバルされることもなかった訳であり、ムスカさんの目的は問題なく達成されていた筈である。

「ラピュタのコントロールを握って調子に乗ってたら足元すくわれました」という点がムスカさんの画竜点睛を欠いたところであり、彼が小学校の通信簿に「嬉しいことがあると注意力散漫になります」と書かれていたであろうことは想像に難くない。残心を心がけることをお勧めしたい。

ちなみに、一部でムスカさんがロリコンロリコンと呼ばれている件についてであるが、個人の嗜好については私が考慮しないところであり、彼がロリコンであるかどうかの議論については割愛する。


以上の話をまとめると、

・ムスカさんは非常に高い交渉能力をもっている
・ムスカさんは多分若いころの苦労もしている
・ムスカさんは軍人としても非常にハイスペックである
・目的を達成した直後に油断してしまう点がムスカさんの最大の欠点であるといえる


というどうでもいい結論が導かれるわけである。よかったですね。>私

我々はムスカさんを再評価するべきなのではないか。: 不倒城 (via taquyallan)

(kudousanから)

(sai10tから)

fuak:

省エネ中な渋谷を撮ろうと思ったら手前の「明日の神話」が写り込んで地獄絵図のようになってもうた。 (via Twitter / @へいず)
最高。

fuak:

省エネ中な渋谷を撮ろうと思ったら手前の「明日の神話」が写り込んで地獄絵図のようになってもうた。 (via Twitter / @へいず)

最高。

(akasofaから)

(sai10tから)